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『終着駅シリーズ』ファイナルに寄せて

DATA
2022.12.19

森村誠一ミステリースペシャル 終着駅シリーズ・ファイナル 十月のチューリップ
2022年12月22日(木) よる 8:00~9:48 テレビ朝日にて放送


文責:東映プロデューサー 目黒正之


10月22日の夕方、東映大泉撮影所の新宿西署・刑事課セット。 
大上刑事役の東根作寿英さんの寄りのカットが撮了し、映像チェックもOK。
すると、すでに全カット撮り終わって待機していた片岡鶴太郎さんが池広一夫監督のもとに歩み寄り、固いハグを交わしました。
この時、『終着駅シリーズ』の歴史に幕が下りたのです――。



シリーズ第一作は、1990年12月8日に『土曜ワイド劇場』の一編として放送された『森村誠一の終列車』。
当時はまだ16mmフィルムで撮影されていました。
冒頭には当時『土曜ワイド』の名物だった原作者、脚本家、音楽家、監督の紹介カットが付いていて、今みると随所に時の流れを感じます。
1990年といえば、私事で恐縮ですが、わたしが東映に入社する前の年。当時のスタッフロールのうち今も残っている名前は、池広監督と音楽の大野克夫さんのみです。
主人公の牛尾刑事を演じたのは露口茂さん。1992年放送の第二作『終着駅』が好評で『終着駅シリーズ』としてシリーズ化され、1996年放送の第五作『誇りある被害者』からは、おなじみ片岡鶴太郎さんが牛尾刑事に。以後32年間、2001年から2017年まで年末企画として放送された『終着駅の牛尾刑事VS事件記者・冴子』シリーズ11本も含めると、通算で54本の長寿シリーズとなりました。

浮き沈みの激しいテレビドラマの世界で、このシリーズがここまで続いたのは何故か?
何度も自問自答することがありました。
派手さはまったくない。
牛尾刑事は天才やアウトローや変人でもなければ、スケールの大きな陰謀や派手なアクションを描くストーリーでもない…。
所轄の刑事が足を使った地道な捜査で犯人とその動機を追う、言ってしまえば、際立った特徴らしい特徴のない、実に地味なドラマです。
しかし森村誠一さんの原作に基づいて「人間の恐ろしさ」「人間の哀しさ」「人間の愛おしさ」をじっくりと掘り下げて描いた脚本がまずあり、巧みな俳優陣がしっかり演じ、手練れのスタッフ陣が、心を込めて丁寧に映像として紡ぎあげてきた。
表面だけの趣向にとらわれず、あくまでオーソドックスに、正攻法で、見ごたえのあるドラマとして制作してきたからこそ、ここまで愛され、続いてきたのではないか…。
自問自答を重ねるたび、そんな答えに辿りついていました。


スタッフの先頭に立ち続けてきた池広監督は大映出身。『座頭市』『眠狂四郎』(かの有名な「円月殺法」のストロボ撮影は、池広監督の発案なのです!)等のシリーズを手がけられ、まさに「日本映画の黄金時代を知る、現役最後のプロフェッショナル監督」です。
93歳でも演出の冴えは全く変わらず。撮影現場での「定位置」はカメラの脇。モニター越しではなく俳優の芝居を直視し、
逐一フィードバック。率先して動き回り、全スタッフに目配りをし、指示を出す。それが「池広スタイル」です。
温厚ですが時にはスタッフに檄も。カメラマンと助監督にはことのほか。しかしそれはどちらも「現場の大事な心臓部」と認めているからで、特に若いスタッフへの愛情ゆえ。そんな思いと相手へのリスペクトが感じられるため、決して嫌な雰囲気ではありません。
何度も何度も、そして実に深く脚本を読み込み、「シナリオライターは苦労を重ねて脚本を書いているのだから、同じレベルに到達するための労を惜しんではいけない」というのが池広監督の口癖で、いつも脚本打合せの前夜は徹夜の勉強。クランクイン前には殆どコンテ割りが出来ていて、頭の中で全ての画が繋がっているから、演出に迷いやブレがなく、余計なカットを撮らないため現場進行は常にスムース。カメラは基本一台で、俳優の演技を重視し、コンテは柔軟に変更。
行ければ大胆にワンカットで行くことも。まさに一発勝負の緊張感には、成功すると何ともいえない達成感で現場が満たされたものです。
そんな池広監督なので、特に俳優陣の信頼は絶大で「また出たい」と言ってくれるキャストも多く、思わぬ大ベテランの俳優さん達が池広監督にご挨拶に来る光景も珍しくありませんでした。

2007年以降、メインライターを務めてきた橋本綾さんは、『羅生門』『砂の器』などの名脚本家・橋本忍さんの娘さん。緻密な構成力と深い人間描写で、いくつもの名シーン、心に残るセリフを書き上げてくれました。一本の脚本を書き上げるのに時間をかけてじっくりと熟成するため、少々時間はかかりますが…「待つ甲斐のある脚本」を常に仕上げてくれる素晴らしい脚本家です。

池広監督と並んで唯一、第一作から最終作までクレジットされてきた音楽の大野克夫さんは多くの名曲でシリーズを盛り上げてくれました。哀切さと重厚感を感じさせる「タイトル・テーマ」「牛尾刑事のテーマ」は中でも指折りの名曲と言えるでしょう。

片岡鶴太郎さんは、その真摯さ、優しさ、理知、たたずまいの潔さ…まさに「牛尾刑事その人」。
共演者やスタッフへの心配りを常に忘れず、どんなときも声を荒げたりすることなく、時に絶妙な笑いで場を和ませてくれました。
同時にプロの演技者として、番組を背負う主役として、強い責任感と矜持を持つ人でもあります。「クランクイン前にすべてのセリフを入れて現場に臨みたい」という片岡さんのリクエストに応えるべく、いつも台本の決定稿はインの二週間前には仕上げるようにしていました。

片岡さん以外のレギュラーも、このシリーズには格別の思いを持って関わって頂きました。
「自分のアップをシリーズのラストカットにして頂けたのは、役者人生にとって大切な宝物です」と言ってくれた大上役の東根作寿英さん。
「役名のない刑事Aからレギュラーに抜擢してくれたのは池広監督なんです」と言って、オールアップの瞬間、感極まって泣き出したのは西谷刑事役の石原和海さん。
ひと足先にアップしていた海野鑑識官役の丈さんは「毎回、鑑識の報告の台詞には苦労しましたが、とても楽しかった」。
「いつも自分に求められるのとは違うイメージの役どころで、独特の緊張感のあるこの現場は、格別だった」と言ってくれたのは山路刑事役の徳井優さん。
そして坂本課長役の秋野太作さんの「池広監督にもっと早く出会いたかった。もっともっとこの作品に出たかった」という言葉には、思わず胸が熱くなりました。



わたしは2007年、年末企画の第七作『牛尾刑事VS事件記者・冴子 路』からこのシリーズに携わり、気がつけば15年、丁度シリーズの半分を担当していました。
最初はピンチヒッターのような立場でしたが、作品と池広組の独特な空気感にたちまち魅了され、夢中で取り組んできた15年間でした。
地方ロケで台風や大雪などの悪天候に見舞われたり、イメージ通りのロケ地がみつからず交渉先にご迷惑をかけたり、予定通りに脚本が仕上がらず撮影を延期したり、また、ここ数年はコロナ禍での撮影となったり…と、さまざまな苦労もありましたが、それさえも今はすべてが懐かしく、大切な思い出と言えます。
そしてこの15年は、多くのスタッフの皆さんとの出会い抜きには考えられない年月でもあります。
中にはリタイアして後進に道を譲られた方、鬼籍に入られた方も少なくありません。
(クランクアップの現場に駆けつけて、片岡さんの最終カットを撮ってくれたのは、長年、撮り続けて後進の蔵原これむつさんにバトンタッチしたカメラマンの小野進さんです。他にリタイアされたチーフ助監督の宮坂清彦さん、制作担当の桐山勝さんも久しぶりに顔を出してくれて、懐かしさもひとしおでした)
この場を借りて、皆さんに深く感謝いたします。

かえすかえすも残念でならないのは…シリーズ最後の撮影に牛尾の妻・澄枝を長年演じてくれた岡江久美子さんの姿がなかったことですが、こんなこともありました。
今回は、牛尾が官舎の部屋で朝のコーヒーを淹れて、澄枝の遺影に捧げるシーンからクランクイン。当日の天気はあいにくの雨。
するとスタッフの一人が思わず漏らした言葉は、
「岡江さん、また降らせてるよ」
なぜかロケに出ると雨ばかりで「雨女」と呼ばれていた岡江さん、空の上から撮影に参加してくれていたのでしょうか?

「色々話そうと思ったけど、いまはただ、この言葉しか思い浮かばない。本当にありがとう」
クランクアップ時、池広監督はこう言いました。
「出会えてよかった、縁があってよかった」
ハグした際、池広監督はこう囁いたと鶴太郎さんが教えてくれました。

まさに、このシリーズを視聴してくださった皆様への私たちの思いも同じです。
長きに渡るご視聴、改めて、誠にありがとうございました。
今回のシリーズファイナル、お見届けください。

追記
映画・テレビ併せて100本を優に超える作品を60年以上に渡って撮り続けてきた池広監督のキャリアは、日本の劇場映画・テレビ映画の歩みそのものでもあります。
正確な記憶力と豊富な体験に基づくエピソードの数々を監督からお聞きするのは、私にとって大いなる楽しみでもありました。聞き書きしてまとめれば貴重な資料、面白い本になると思います。
我こそは、と思う気鋭のライターさんがいらっしゃれば、是非わたくしまでご一報を…。


池広監督と筆者 最終日セットにて

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