東映ホーム > 東映マイスター > vol9渡瀬恒彦京都撮影所マイスター 時代劇復活に向けて

撮影所マイスター対談 『渡瀬恒彦さんと東映京都撮影所』

時代劇復活に向けて


僕は映像を作るのは“人”だと思っています(奈村)
東映はそれを維持しながら“映画を作っていく”ことしかないんじゃないかな(渡瀬)
-映画の仕事を志す若い人に望むことは?-


渡瀬)自分の仕事に自信を持っている奴って大抵威張るんです。部下に厳しい。東田って口の悪い照明技師がいるんですが、僕は彼の助手に「昔あいつはチンピラみたいだったよ」って話をするんです。徒弟制度があって上下関係が厳しいでしょ。そうした中で若い奴が上に近づいていく。またそれが可能な環境なんです。吉田啓一郎が、木村弘一というカメラマンを東京から連れてくることになった。20年ほど昔は吉田さんに木村が怒鳴られまくっていたんです。でも今はカメラマンとして現場を引っ張っている。そうした姿をスタッフが見ているんです。そりゃあ素敵なことですよ。今回のアカデミー賞で衣装部の松っちゃん(松田 孝)が功労賞を取った。苦労して技術を磨いてきた人が取ったことが素晴らしい。またそういう奴がここにいることがすごいんです。

奈村)東京のある監督が京都の撮影所に来たとき、全然知らない建て込みの人や、演技の人やらが、会ったら「おはようございます」と、帰りには「お疲れ様でした」って挨拶されるんだって。「すごいな、この撮影所は」って。これを東京で流行らせようとして、ある撮影所で自分からあいさつをしてみたら、全然挨拶が返って来ないので諦めたらしいんですけれどね。挨拶一つを取ってもきちっとするというのが撮影所のシステムの一つなんです。

渡瀬)映像産業の特性なのかもしれませんが、みんな個々の思いや解釈があるじゃないですか、けれど監督が「用意、スタート!」と声を掛けた瞬間から、方向性が皆一緒になる。それは他の産業にはないかもしれない。基本的にはみんな「映画、映像」が好きだってことが根っこにある。

奈村)他の撮影所には、いろんな主義、主張の人が集まって、「あいつとは組まないとか、やりたくない」があります。でも京都の場合は、一つの組に付いたらそういうのは表には出さない。“ばらばらで一緒”と言う発想ですね。志向とか感覚とか違っても作品に殉ずるという姿勢が躾けられています。

-昔と比べ今の京都はどうなりましたか?-

東映京都撮影所

奈村)基本的に映画は少なくなったし、でも僕は映像を作るのは“人”だと思っています。ここには下支えをする人がたくさん居ます。衣装のお針子さんを始め、襖絵を描く人達も居て、映像のディテールにこだわる「ものづくり」の姿勢は残したいと思っています。

渡瀬)東映はそれを維持しながら“映画を作っていく”ことしかないんじゃないかな。持っている力は落とすとアウトだから。例えば今、時代劇の危機と言われている。川に小船が浮かんでいて、それを動かすには艪があって櫂があって竿が要る。その3つを操れる人はここでも3人しかいない。福本さん※だったり、大矢さんや木谷ちゃん※だったりするわけ。そういう人が居なくなってしまうと、外から連れてこないと撮れなくなってしまう。時代劇で何となく舟が背景で画面を横切るシーンがね。(※「東映剣会」所属。福本清三、木谷邦臣、大矢敬典の3氏)

奈村)本屋では時代劇小説が平積みされている。ゲームの世界では時代劇ものがたくさん売れ、ブームもある。けれどテレビと映画だけは、時代劇が沈下してしまっている。最近では映画で時代劇のラインナップもされてきてはいますが、やはり京都発の時代劇が出てこないと、ここで働く人々のモチベーションも上がってこない。

渡瀬)やっぱりここから火をつけなきゃだめだよね。熱意とかは最低限度のベース。

奈村)良い作品として上がるのは当然ですが、結果として、それが当たるか当たらないかがすごく大きいんです。

-一度お体を壊して役者として変わられたことは-

渡瀬)全然ありません。脳梗塞を患ってもう15年もなりますがね。挑戦するというか“今できることを明日もやりたい”。職人というか。インターネットでお金を動かすのではなくて、昨日やったことを今日もできていたら幸せな人達が、成長するような世の中にならないかなと。自分もそうしていきたいし、できたら年の分だけまた何かを足していけるかなって。いろんな職人の世界がありますから、職人が大事にされない世界は良くない。

-渡瀬さんにそう言って頂けると心強いですね-

奈村)そりゃあ、裏所長ですから(笑)。

渡瀬)とにかく先ずはここで火をつけないと。




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