若い人に、自分もやってきたからあえて言いますが、映画はほとんど観ません。映画を観ると、映画の虜になって、映画的な作りになりますから。押しつけてはいけない、何気なくが大切。
その代わりテレビはよく見ます。テレビで商売をやっているのだから、テレビよく見ろと言っています。他局で、どの時間帯にどんな番組をやっていて、それがどういう視聴率を取っているのか、また見た人がどう思っているのか、そういうことをよく見ています。すると、自然と自分の感性に中にそれらが落ちてくるものなんです。
また僕は「新聞」を隅から隅まで読みます。雑誌を読めとは言わない。あれは「新聞の事実の裏はこうでしたよと」、ドラマと作り方が似ています。雑誌を見て面白いと思うことは、真似することになってオリジナリティーがなくなるからダメ。読み方を工夫すれば、読む時間は絶対に作れるものです。「本」は読むにこしたことはないですが、僕は本をたくさん読んでいる人で、素敵なドラマを作る人って見たことないんです。僕の周りにも文学青年は沢山いて、いろんな作家のを読んでいますが、ただ“読んでいるだけ”ではないかと…。自分の中に入れて、濾過して外に出さないのではないかと思っています。僕らが読むと、「あ、これはいい、面白いな、感動したな」となると、この感動を表現できないかなと考えます。だからあまり本読めとは言いません。
必見!プロデューサーの心得
若い制作者たちへ
これからの「刑事ドラマ」
作り方は、基本的には変わらないと思います。これだけの“歴史と量”があるわけだから、刑事ドラマの“別の作り方”ってないのではないかと。でも、時代時代の視聴者とコンタクトできるような作り方として、それぞれの人々の心のひだや深層心理とうまくフィットさせた作品づくりは必要です。ただ見せ方に関しては、その時代の感性に合った表現の仕方をしないといけないと思います。ここしばらく、『相棒』とか『臨場』とかが、最近受けているのは分かるんです。
でも、僕の作品はああいう作り方ではありません。
いま日常的や義理人情的な表現、いわゆる所轄署的な刑事物の作り方に少し飽きていて、別のものが視聴者の深層心理かなと思います。でも、“刑事ドラマ”がいらないという深層心理はないと思います。“少し硬派、ハードな表現”というか、少し押しつけられる方が、今の視聴者は好むんではなかろうかと。先ほど同じ人情ドラマでも少しハードの方がいいと言ったのはそういうことです。現在のように景気の悪い時には、あまり甘っちょろいことやっていると、「何言ってるんだ、それどころじゃないだろ!」となると思います。
今に生きている人たちが、どういうところに娯楽を求めるのか?“刑事ドラマ”に限っていえば、笑いながらどうこうするよりは、スッと心に届くものがいいのではないかと感じています。もう少し景気が上向き、人々の心に少し余裕が出てきたら、“義理とか人情”をもっと表現してほしいと思うのではないでしょうか。更に今、テレビの視聴率が良くありません。それにはいろんな要素があると思いますが、テレビでは自分が思っている娯楽的な欲求を満足できないのではないかとも思っています。
刑事ドラマって“捕物帖”です。刑事がいて、警視庁の本庁の刑事だろうと所轄署の刑事だろうと、交番のお巡りさんだろうと、“刑事側のヒト”が主人公。そして一方では犯罪があって、罪を犯したヒトと、被害を及ぼされたヒトがいる。刑事ドラマの原型というのは、その対局の“ぶつかり合い”のドラマです。ぶつからないとドラマって生まれません。警察の仲間同士でメシ食った、酒呑んだ話をしてもドラマにならないでしょう。取り締まる側と、取り締まられる側のぶつかり合い、そこに主人公の警察官がどういう処理をしたか、というのが“刑事もの”の最大の見せ場ですから。更に言うと、犯罪の処理の仕方は番組によって違いますが、“取り締まる側の心”が常に視聴者の心の中になくてはいけないと思っています。ドラマは、犯罪をどう処理してほしいかという視聴者の欲望に沿っていた方がいいのではないかと。それは、今の社会の、少し先の社会の、「こうあってほしい、これでは嫌だ」という人々の気持ちとフィットさせるということです。
これからの“刑事もの”は、形はそれ程変わらず、取り締まる側の人間像や解決の仕方については、時代の推移によって変わってくると思います。しかし、極端に新しいものは、僕はないと思っています。
後は“プロデューサの眼力”です。
いま日常的や義理人情的な表現、いわゆる所轄署的な刑事物の作り方に少し飽きていて、別のものが視聴者の深層心理かなと思います。でも、“刑事ドラマ”がいらないという深層心理はないと思います。“少し硬派、ハードな表現”というか、少し押しつけられる方が、今の視聴者は好むんではなかろうかと。先ほど同じ人情ドラマでも少しハードの方がいいと言ったのはそういうことです。現在のように景気の悪い時には、あまり甘っちょろいことやっていると、「何言ってるんだ、それどころじゃないだろ!」となると思います。
今に生きている人たちが、どういうところに娯楽を求めるのか?“刑事ドラマ”に限っていえば、笑いながらどうこうするよりは、スッと心に届くものがいいのではないかと感じています。もう少し景気が上向き、人々の心に少し余裕が出てきたら、“義理とか人情”をもっと表現してほしいと思うのではないでしょうか。更に今、テレビの視聴率が良くありません。それにはいろんな要素があると思いますが、テレビでは自分が思っている娯楽的な欲求を満足できないのではないかとも思っています。
刑事ドラマって“捕物帖”です。刑事がいて、警視庁の本庁の刑事だろうと所轄署の刑事だろうと、交番のお巡りさんだろうと、“刑事側のヒト”が主人公。そして一方では犯罪があって、罪を犯したヒトと、被害を及ぼされたヒトがいる。刑事ドラマの原型というのは、その対局の“ぶつかり合い”のドラマです。ぶつからないとドラマって生まれません。警察の仲間同士でメシ食った、酒呑んだ話をしてもドラマにならないでしょう。取り締まる側と、取り締まられる側のぶつかり合い、そこに主人公の警察官がどういう処理をしたか、というのが“刑事もの”の最大の見せ場ですから。更に言うと、犯罪の処理の仕方は番組によって違いますが、“取り締まる側の心”が常に視聴者の心の中になくてはいけないと思っています。ドラマは、犯罪をどう処理してほしいかという視聴者の欲望に沿っていた方がいいのではないかと。それは、今の社会の、少し先の社会の、「こうあってほしい、これでは嫌だ」という人々の気持ちとフィットさせるということです。
これからの“刑事もの”は、形はそれ程変わらず、取り締まる側の人間像や解決の仕方については、時代の推移によって変わってくると思います。しかし、極端に新しいものは、僕はないと思っています。
後は“プロデューサの眼力”です。
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『風小僧』(1959年)に始まった東映のテレビ作品。 以来、(株)東映テレビ・プロダクションは日本有数のテレビ制作会社として、数々の作品を世に送り出してきました。そして今年、同社は創立50周年を迎えます。 東映テレビ・プロダクション テレビ映画作品集 (株)東映テレビ・プロダクション(現会社)は、1959年(昭和34年)11月2日の設立から現在に至るまで、約1万本もの作品を制作しています。 以下では、そうした膨大な作品群の中から、シリーズ作品の一部を紹介します。 《主な長寿テレビ番組》 |
テレビ番組 |
『特別機動捜査隊』 |
昭和36年~昭和51年 |
16年間 |
774本 |
『特捜最前線』 |
昭和51年~昭和61年 |
11年間 |
574本 |
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『はぐれ刑事純情派』 |
昭和63年~平成17年 (2Hスペシャル45本含む) |
18年間 | 446本 | |
『さすらい刑事旅情編』 |
昭和63年~平成6年 |
7年間 |
159本 |
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『はみだし刑事情熱系』 |
平成8年~平成16年 |
8年間 |
165本 |
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『相棒』 |
平成14年~平成21年 |
8年間 |
151本 |
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戦隊シリーズ |
『バトルフィーバーJ』昭和54年~ |
|
31年間 |
1557本 |
平成ライダーシリーズ |
『仮面ライダークウガ』平成12年~ |
|
10年間 |
491本 |
土曜ワイド劇場 |
|
昭和52年~平成21年 |
33年間 |
277本 |
その他2時間ドラマ |
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昭和59年~平成21年 |
26年間 |
89本 |
劇場用映画 |
相棒シリーズ 2本 |
平成13年~平成21年 |
|
24本 |
Vシネマ |
戦隊VSもの |
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14本 |