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映画マイスター 映画『君が踊る、夏』完成記念「香月秀之監督~映画への熱き思い~」

33歳のとき映画界へ


映画界に入ったきっかけ
香月) 二人はどうして東映に入社したんですか?『仁義なき戦い』とか『二百三高地』を観た世代でもないし。

司会)  でも、谷本さんは東映の時代劇が好きですよ。

谷本) 東映の時代劇が好きで、子供の頃再放送を見ていてかっこいいなと思っていました。

香月) 俳優さんでは誰が好きですか?

谷本) 東千代之介さんです。後は山口崇さんも好きですね。大学では時代劇を勉強し、卒論のテーマにもしました。それで「東映」に入りたいと思いました。

香月) すごいね。どこの大学?

谷本) 早稲田大学の映画学科です。演劇映像専修という。

司会)  樋口さんの入社理由は?

樋口) 強いて言えば生活の糧を得たかった(笑)。でも東映はずっと好きでした。簡単に言うと何か作れるかなと思っていました。

香月) それは企画部門に行きたかったということかな。どうやって映画を作るか分からなかったでしょう?

樋口) そうですね。いろいろ勘違いをしていた所もあって…。入社後は経理部の資金室に配属となりました。

香月) 資金室って何?埋蔵金はあるの?

樋口) 会社の資金を効率よく循環させる仕事です。資金計画や調達、資金繰りなどを行います。埋蔵金があってもここでは言えません(笑)

 対談の様子
対談の様子

谷本) 映画界に入ったきっかけは?

香月) 僕は結構おそくて33歳でこの世界に入ったんですが、20代の時は生意気にも会社を経営してたんです。それが29歳頃に人生に矛盾を感じ始め、一時は出家しようと修行をしてたんです。そんな時、師匠のあるお坊様から「人間は思ったことは叶う。お釈迦様の教えに“唯識論”というのがあって、人間は意識が先にあって物は後にある。だから意識が物を作るのだから、思ったことは叶うんです」と言われたんです。僕は、中学1年の時『ローマの休日』を観て以来映画がずっと好きだったので、「脚本家とか監督になれますか」と聞いたところ、「思えばなれる」と言われ、それではということで出家するのを止め、この世界に入りました(笑)。 当時、東映で宣伝プロデューサーをやっていた佐々木さんという方の御紹介で、京都撮影所に入れてもらって、助監督として映画界の門をくぐったんです。

東映京都撮影所について
君が踊る、夏
映画『君が踊る、夏』

香月) 京都は“スターシステム”で、助監督はスターさんを担当する。東京の助監督みたいに何でもやるのではなく、監督からは「役者ばっかり見とけ」って言われました。先輩監督から教わったことで、スターさんが時代劇の立ち回りでセットに入ってくると、スターさんに見えるように砂利の中の釘を拾うんです。それは監督に言われたんですけど、「わざとやるんだ。俳優さんはそれを見て、怪我しないよう俺のために気を使っていると感じるんだ。それで安心していい芝居をやってくれる。役者のいい芝居を引き出すのが“演出”だ」と教わった。「演出は芝居をつけるだけと違う。ベテラン俳優はどんな芝居をしたらいいかなんて自分で分かっているよ。本当の演出は、役者の気持ちをいかに乗せて、いい芝居をしてもらうかだ」と言われた。僕は今もそのことを頭に置いています。

谷本) 私は最初配属されたのがテレビの企画で、京都の話を聞くと東京とは大分違うと感じました。まるで違う会社のようでした。

香月) 僕らの頃は、京都では進行主任が権限を持ち、スケジュールと金を管理していた。日々スケジュールもセカンドが書いてたから、チーフ助監督はやることがない。監督の横でたばこばかり吸っていたかな(笑)。でも役者と監督が揉めるときがあるんです。ある日、監督が力が入って台本の台詞をほぼ全部書き換えてしまい、主役が「おれはこんなのできねえ」となった。役者は前日から台詞を入れてきてるし、監督も妥協しない。僕は当時セカンド助監督で、どうしようかと困って後ろを見ると、チーフ助監督が立っていた。するとチーフは主役の所にいってその場を収めるんです。結局主役が「1時間くれ、台詞覚えるから」となりました。そういう技は持っているんです(笑)。後で「何で分かったんですか」って聞いたら、監督がスタッフルームでホンを書き換えていたのを見て、絶対もめるなと思って、セットを覗きに来たんだって。チーフはそれが仕事。でも現場を収めるという大事な仕事です。 その京都時代、松方弘樹さんの「遠山の金さん」の助監督を担当していたこともあって、松方さんが出演する『天国の大罪』で東京に呼ばれました。松方さんのお守りとオマー・シャリフさんの担当助監督ですよ。

谷本) 担当助監督としてですか?

香月) だって台本に別枠で書いてあるんだから、“外国人担当助監督”ってね(笑)。監督から「おまえ英語できるのか」って言われて「出来ません」って答えたら「それじゃだめだ」となったけど、「大丈夫、何とかします」と言い切った。それから通訳の人間に酒飲ませて僕の手足になってもらったんだけど。それと京都時代、俳優さんに僕が可愛がられた理由が一つあって、よく打ち上げで酒を飲まされるわけです。僕は体育会系でしたから、ぶわーって大酒を飲む。「お前、飲みっぷりがいい」となって、かわいがられるんですね(笑)。でも、その場から役者さんがいなくなると、道端でよく倒れてましたけど。

『天国の大罪』
映画『天国の大罪(1992年)』

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