東映ホーム > 東映マイスター > vol11 『孤高のメス』公開記念 成島 出監督 映画マイスター:成島 出監督、登場!

映画マイスター 映画『孤高のメス』公開記念 「成島 出監督~映画への熱き思い~」

映画マイスター:成島 出監督、登場!


『孤高のメス』について
右から成島監督、丸山、岩崎

丸山) “真直な映画”という印象でした。難しいテーマを取り上げ、リアリィティを追求した映画でした。作品に込めた思い、メッセージはどういったものだったのでしょうか?

成島) まさにその通りで、“やるべきことをきちんとやった”という映画です。僕はもともと映画学校の出身ではなくて、友達の多くはサラリーマン。今の世の中、「ごまかしがきかないな」って、友達とよく話しています。不景気であるし、消費者の見る眼も厳しくなっている。そして映画界に眼を向けると、特殊な世界で、ある意味で常識からかけ離れていますから、今回の主人公“当麻鉄彦”が一般の人にどう映るのかを意識しています。原作は20年前に書かれたものだけれども、初めて読んだ時、私の眼には現代のテーマと映りました。“シンプルなテーマ”だけれど、それを事故なくやり切ることがいかに難しいかということですね。当麻はやるべきことを淡々とやっていく。普通は、ルール、法律の壁にぶつかると、それを言い訳にして助かる命を見捨ててしまう。でもそれは普通ではなくて、それを最初から描きたかった。世の中には“単純なことをやりづらい”という状況がたくさんある。それが映画の大きなテーマの一つでした。

丸山) タイトルの『孤高のメス』。当麻=超人的な能力を持った、冷めた人間像を想像していましたが、実際は人間味があって、“人の命を救う”という強い使命感を持った熱い人間が描かれていました。当麻を描く際に気をつけたこと、そして堤さんと話したことは?

成島) 原作とシナリオの段階では、確かに“孤高のヒーロー”感が強かったんです。しかし、堤さんと一緒に何回かオペの現場を見学した際、現実は“チームワーク”だと知りました。確かに世の中には有名な執刀医はいますが、その分バックアップも凄い。各ポジションの人たちがいて、その人たちが駄目であれば上手くはいかない。それに堤さんも共感し、方向を変えていきました。撮影現場では、堤さんが休憩の時も控え室に入ることなく、皆と車座になって盛り上げてくれたことがとても助かりました。結果、“チームワーク”を描いた映画になった。今は出ますが、「ローリングにも出ない人たちが一番大事なんだよ」と僕らは教わってきた。そういう人たちが全力を出してくれるかで、映画の大きな所が決まると思っています。堤さん、夏川さんを始め、スタッフ皆でそういう雰囲気を作り出してくれたので、監督として感謝しています。 “映画もチーム”なんです。映画界は他のスタッフをもっと評価しても良いと思います。そうすることが、僕も助監督時代そうだったけれど、安いギャラでも褒美になったり、次へのステップへとつながっていくものなんです。

岩崎) 映画の感想は、半分ドキュメンタリーの印象で、重いテーマでありながら見終わった後に心地よいと感じました。当麻がいろんな局面を乗り越え、手術をやり遂げる中で救いがあって、現実世界の中にも見出せるのではと思ったからだと感じています。監督はこの作品を観た人にどういうことを期待しますか。

成島) 前から答えは同じで、僕自身、10代後半に映画に出会って、いわゆる映画青年ではなかった。でも映画でどこか人生が変わったんです。惚れちゃったというか、それと二十歳くらいって多感な時期、恋も失恋もする。友達と朝まで飲めば、次の日は殴りあうみたいな(笑)。その頃に出会った映画は、学校で習うより、何よりも勉強になったし、自分が生きる力をもらえた。映画はパワーを持っている。『フライ,ダディ,フライ』をやった時も、「堤さんのような自殺を考えているおっさんが、偶然映画館に入ってくる。そして映画を観て、もう少し生きてみようかと一人でもなれば最高だよな」ってみんなと話していた。今は「元気をもらいました」って言ってもらうのが嬉しいかな。生きていく上での何かの“応援歌”になるような映画を作ること。それを映画作る際の僕なりの“ルール=使命”にしています。才能がない自分が映画をやっていられるのはそこなんです。その気持ちがないと作品が傲慢になってしまうと思う。自分は芸術家タイプではなく鋭い感性がないからこそ、優秀なスタッフの助けが必要。だから“人”が大事なんです。

映画化へのプロセス

岩崎)
原作を映画化しようとした経緯は?

成島) プロデューサーの“天野さん(東映プロデューサー)”から話をもらったのが最初でした。シンプルなテーマ、やるべきことをきちっとやる、それと単純な約束を守る。今約束を守るって簡単にできないご時世ではないですか。この作品を観た後、映画館から前向きな気持ちで出れるのは、当麻たちが約束をしっかり守っているから。助けるといったら助ける、みんな小さな約束でも果たしていく。恐らく今、簡単なテーマを真直ぐにやっているような映画が減ってきていると思います。だから若い人が観て、どう思うのかがすごく楽しみなんです。

“夕張”で比較的高齢の方に見て頂いた際、事前に「この映画は“ユーモア”を大切にして撮った映画でもあるんで笑って下さい」って言ったんです。そしたら笑ってくれて、最後の「都はるみが好きだったんです」っていう所もどーっと笑うんです。みなさん笑うけれど泣いていた。一番素直に“浪子”の視線で見ると、最後に息子がお母さんの写真を見た時に“どーっと”くる。これはシナリオの設計図通りなんです。すごく素直な反応に、嬉しくなって行って良かったと思いました。“笑って泣いて”という娯楽映画のテイストのすべて伝わったから。この題材をやる以上、娯楽映画になるかどうか、何年も悩みました。メジャーでやるからには娯楽映画しなくてはならない。逆にそうしないとこのテーマは伝わらないと思いました。

岩崎) この映画に対しての医療関係者の評価は耳に入っていますか。

成島) まだですが、すごく気になります。“監修の川崎チーム”も同じです。このチームがなければメインポスターはなかった。この映画は“手術シーン”が力を持たなければ駄目だと思っていたので、本当に助かりました。

丸山) 手術シーンを何度か見学に行かれたと聞きましたが。

成島) それで“順天堂大”の先生から、「よくドラマとか一流の医師は、F1レーサーみたいにすごいことになっているけど、あんなことしていたら人を殺しちゃうから。そんな危ない運転したらね」「運転免許と一緒で、医学部で4年間理論を勉強して現場(=実技)に出る。その時点で30歳近い。その後であるレベルまではできるようになるんです」「但しそれ以上はやってはいけないことになっていて、特殊な手術で“肝臓だったら川崎先生”となりますが。普通の手術はできるようになる。トレーニングを何ヶ月かすれば、要するに手先だけは仮免免許が取れるくらいの技術は身に付けることはできるんです」と。逆に言えばそうでないと全国で手術を行うことはできないんです。そうした簡単なことが分からなかった。映画を観ていれば分かりますが、単純な作業を永遠、ただノーミスで繰り返していくわけです。堤さんもその話を聞いて「先生、不器用な人でも医者になれますか?」って。「逆にその方がミスのないように気をつけるから返って大丈夫」と。じゃあ、別にF1レーサーを描く映画ではないので、堤さん本人で全部やろうっていう話になった。トレーニングは大変でしたが、堤さんも夏川さんも吹き替えなしでやりました。

菅谷)   術中のシーンで、当麻が手を置くシーンが印象的です

成島) 堤さんが最初に言い始めたんです。映画の象徴的なシーンとなったアイデアが、堤さんから出たこと、それに対してキャスト&スタッフが共感した。台本にも演出にもなくて、堤さんが自分でやってきたからこそ、そう言った。シーンの終わりで「置きたい」ってね。これは監督としては、“やった”なんだ。こういう瞬間が監督の喜びなんです。堤さん、夏川さんの手でやりたいって粘ったのは僕ですが、そのお返しとしてこのシーンをくれました。そして、あの場で“みなさんのお陰で”っていう芝居をしてくれた時に、ようやく終わった、堤さんにこの役をお願いしてよかったって。何も残らないのはビジネスとしては駄目だと思う。堤さんチームも“何か残さなくては”と思い自然になる。すると現場で発見が起きてくる。確かに映画の中でこのシーンはきいています。

次へ

東映リリース