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マイスターvol.18 映画マイスター:映画『探偵はBARにいる』完成記念 「橋本 一 監督 インタビュー」

新潟東映会館について

Q.それでは、橋本監督が何故映画監督を志すようになったのか、そのバックグラウンドについて教えて下さい。

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僕の映画の原体験は、ケヴィン・コナー監督、主演ダグ・マクルーアの『恐竜の島』という洋画。普通の少年ならば『東映まんがまつり』(1969年~1989年)か『東宝チャンピオンまつり』(1969年~1978年)となるのでしょうが、当時放送されていたテレビ番組「独占!女の60分」(1975年~1992年、テレビ朝日系OA)の映画コーナーで紹介されたのを見たのがきっかけでした。

しかも、その映画コーナーは、最初から最後までストーリー全部を暴露してしまうという、恐ろしいネタばれ番組だったのですが。そこで祖母にねだり、とある休日の夕方、スクリーンの小さな新潟東映ミラノという東映直営映画館へ連れて行ってもらい、三本立てで『恐竜の島』を観るわけです。

同時上映は、『ジャイアントスパイダー大襲来』『ザ・カンフー』。怪獣・ホラー・空手―――今思えば、僕の趣味が全部詰まった夢のような三本立てです。観た後しばらくは、その世界にすっかりはまってしまった記憶があります。

僕は子供の頃から『ジョーズ』『スター・ウォーズ』などの娯楽映画王道的な作品が大好きだった上に、東映映画を好きだった父親の影響も受け、新潟東映会館(新潟東映・東映パラス・東映ミラノの三館が当時存在)にはよく通いました。思い出は尽きないです。

新潟東映へ父に連れられ『東映まんがまつり』を観に行ったら、上映前にパゾリーニ監督の問題作『ソドムの市』の予告篇がかかっていました。

『ソドムの市』は4人の権力者が街中の美少年と美少女を集め、ありとあらゆる変態行為を楽しむというストーリーで、残虐でショッキングな描写の連続という作品です。その予告篇が、どぎつい描写そのままで上映されていたんです。まんがまつりの前に。小学校三年生の僕にとって、それはもう強烈な体験でした。

 

Q.具体的にはいつから監督を志したのですか?

中学生までは、映画を観るけれど、作ることには興味を持っていませんでした。ところが、高校の文化祭で自主映画をビデオで撮ったのを契機に、“映画監督になりたい”と夢を描くようになり、日本大学芸術学部映画学科監督コースに進学しました。大学時代、ゴダールの映画なんかも観るには観ましたが、嗜好は子供の頃から全く変わりがなく、ハリウッド娯楽大作・ホラー・B級アクションが大好きでした。

『リーサル・ウェポン』『007』『レイダース』『スター・ウォーズ』とか、『悪魔のいけにえ』『ゾンビ』『死霊のはらわた』やら、『ニューヨーク1997』『マッドマックス』『コマンド―』『男たちの挽歌』カンフー映画やマカロニ・ウエスタンなどなど。娯楽一辺倒ですね、まさに。

東映に入社したのは、就職活動をしていた1989年、助監督を採用しようとしていた映画会社はたまたま東映だけだったから。バブル景気の真っ只中という時代です。運良く入社して、てっきり東京撮影所配属だと思っていたら、蓋を開けると京都撮影所(京撮)勤務と言われ驚きました。

 


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