『はぐれ刑事純情派』誕生秘話!
新たなテーマ「義理と人情」
無国籍映画を作っていた時代に僕はあまり馴染めませんでした。僕が関わった作品はことごとく視聴率が悪くて…。そうした時、『非情のライセンス』という作品を一緒にやってくれないか、というチーフがいました。あれは“生島治郎さん”の原作で、いわゆる“ハードボイルド”です。僕は彼の原作すべて読みました。更に奥さんの「小泉さん」の作品まで読んで、じーっと彼が何を書きたかったのか、日本的なハードボイルドって何なんだろうと考えたんです。そしてはっと気が付いたのは「義理と人情」なんです。義理と人情という要素を、突き放すようなハードボイルド的タッチで表現する。だから生島さんは、日本的ハードボイルド作家なんですよ。そこが分かった時、ああ俺のものかもしれないと思って。そして、作品のテーマに“社会の不条理”を掲げ、大胆にやったら視聴率が良くて7~8年続きました。
僕の作品には論議を呼ぶテーマが多くて、若さ故のこともありましたが、時代もそういうことを要求していると感じていました。日本が豊かになって、浮かれている時代。政治、経済、全てに浮かれていて、それが思わぬ犯罪を生んだりしていました。それと、欧米ナイズされた社会に対して、庶民が少し違和感を持ち始めている頃だったと思うんです。そうしたなか『はぐれ刑事』をやるとなって、ハードな要素プラス、どこか日本人の人情丸出しの、可哀想なものを見たら「可哀想だ!」って一緒に泣いてしまうような俳優さんがいないかなと探していた時、たまたま「藤田まこと」が空いていたんです。当時日本テレビの『火曜サスペンス』で一緒に仕事をしていたものですから、「こういう形でやらないか」と持ちかけました。そうして始まったのが『はぐれ刑事』なんです。
当時は小渕さんが「平成です」と言っていた時代。少し大衆が、日本的なものや量より質に目が行きかけて、それからバブルが崩壊していった時。皆の目は質実剛健というか、「日本人は日本人として足下見ようよ」って、「他人を自分と思うような、情を大事にしようよ」と言っているように思うんです。そうしたテーマで、僕はずっと『はぐれ刑事』を作ってきました。
嬉しかったことは、我が家は角を曲がった8軒目にあるのですが、ある夏の日、みんな窓を明けていて、9時台に家に帰って行くと、並びの7軒全部ともはぐれ刑事を見ていたなんてこともありました。そうすると更に責任感が生まれるんです。ある地方の学校の先生から手紙がきて、「修身の時間の教材にはぐれ刑事を使わせていただいています」なんて言われて、感激しました。
特に“刑事もの”は、その時々の社会や何かを反映し、人間たちの生き様を語っていると見ていいのではないかと思います。それに逆らう作り方、例えば“劇画的な作り方”もあります。
刑事ものでいうとバンバンピストルを撃つものですが、最近はほとんどなくて、みんな人情ものですね。その走りが『はぐれ刑事』といわれます。
僕は周りの人間にいつも言うんですが、時代背景を背負いながら作る“刑事ドラマ”は、「半歩先」でなくてならない。描く事件をどういう事件にしようかという時、今まで起こった事件をどうしても皆使いたがる。「オレオレ詐欺なんてそんなものばっかりやるけれどそうじゃないんだ、半歩出なさい」と。明日どんな事件が起こるのか、人間たちのぶつかり合いでこんな事件が起こるんじゃないなかなっていうものを“探せ!”って言っています。一歩出てしまうと嘘の話になってしまう。半歩出て、「こんな事件が起きるんじゃないかな」「そんな時、人間はこんな話をするんじゃないか」と想像して作ったらどうだろうかと提案するんです。こうした考えは、学生時代に社会心理学をかじっていたことに因るところが大きいと思います。