京都撮影所地区

~日本映画の真髄を継承する時代劇の聖地~

20世紀の初頭、京都には数多くの撮影所が建てられ、日本のハリウッドと呼ばれるほどの盛隆を誇りました。1926年、その京都・太秦の地に、時の大スター・阪東妻三郎が作った撮影所が、今日の東映京都撮影所の前身となります。日本映画の発祥の地ともいえる京都で、今もなお、時代劇を初めとする日本映画の真髄を継承し続ける“聖地”、それが太秦の京都撮影所地区なのです。

東映京都撮影所

戦前「阪妻プロ太秦撮影所」として発足して以来、幾多の変遷を繰り返し、戦火の中で制作を途絶えさせていた太秦の撮影所は、戦後、東横映画による映画制作を再開するや、『きけ、わだつみの声』などヒットを生み出します。1951年に「東映」が発足すると、「東映京都撮影所」と名を改め、GHQによる検閲の廃止を受け時代劇映画を量産。片岡千恵蔵、市川右太衛門ら大スターによる娯楽時代劇は、大衆娯楽の王様として大いに支持を得、日本映画全盛期を迎えることになります。

60年代以降は『素浪人月影兵庫』『銭形平次』などテレビ時代劇を生み出す一方、鶴田浩二、高倉健らスターを擁しての【任侠シリーズ】、時代背景を反映したアウトロー像が支持を得た【実録シリーズ】、女性の社会進出が叫ばれるようになった1980年頃には『極道の妻たち』などが生み出されました。これらのノウハウは、現在の【刑事ドラマシリーズ】へと受け継がれていきます。

また今日、東映京都撮影所は、長年にわたり時代劇を製作してきた聖地として、セットや池や堀をつくることのできる土床のステージ、ノウハウを蓄積した撮影・照明・録音・美術・衣裳・結髪等のスタッフ陣を抱え、自社・他社問わず数多くの時代劇映画を制作しています。近年では、HISTORICAなどイベント、ベルリン映画祭との人的交流を通じ、海外との制作協力を視野に入れた活動も活発に行っています。

東映太秦映画村

1975年、“実際の撮影が生で見られる”日本初のテーマパークとして、撮影所のオープンセットの一部を開放してオープンしました。時代劇を支える演者・スタッフに身近に接することが大変な好評を博し、多くのお客様の支持を得ながら時代劇文化の継承と発展に寄与してきました。近年では若い世代向けにヒーローやゲームなどのキャラクターを取り込んだイベントや、江戸や日本の文化展示を積極的に行い、京都観光の名所として、内外から多くのお客様に支持されています。